たたたたた…、と軽やかな音が響く。
先程から間髪入れずに襲いかかってくる刺客達を、腰に下げている愛刀で次々と倒していく。一太刀一太刀振り下ろす度に簡単に沈んでいく彼らに、殺すつもりならもっと強い奴を寄越しやがれと男は内心文句を言う。
目指すは最上階。
上へと続く階段を発見し、駆け登る足が自然と速くなった。
† 薔薇が蒼いその理由は 第十二話 †
一人で来い。
そう飛王に言われ、その言葉通りに城へと入っていった男にファイが思った事は。
何で来るの、と。自分なんかのために己を危険に晒してまでどうして。
引き摺られるままに、ファイは呆然として歩いていた。ファイの両手首は鎖で縛られ、その先端を握っている飛王は下品な笑い声を上げて言う。あの黒鋼がたった一人のためにここまでするとは、やはりお前は特別らしいなと。星史郎と同じ事を言われ、今度こそファイの顔に絶望の二文字が浮かんだ。
扉を開ける。乱暴に鎖を引かれ倒れ込むようにして部屋へと入った。ここはどうやら王室のようだ。その証拠に赤い絨毯と、部屋の奥には玉座であろう金色の玉座が目に入った。それは何十年と使われていないにも関わらず、その存在を誇示するかの如く光を放っている。
飛王は玉座までファイを引き擦っていき、王にしか権利の無いはずのそこへ満足そうにどかりと座った。そしてファイへと語りかける。
「そんな顔をしても助けは来ないぞ。城には何百人もの刺客を放ってある。ここに来る前に、お前の愛する夫は力尽きるだろうな」
「そ…んな」
「誰が力尽きるって?」
すると突然、扉から聞こえてきたその低い声に、飛王だけではなくもちろんファイも大きく反応する。
そこには。
「黒たん!」
思わずファイは叫んでいた。
そこには男が一人いた。黒い衣装に黒い髪、両眼の紅い目はしっかりとファイを見つめていて。長い時間離れていた訳では無いけれど、そんな男を見てファイの両目にじわりと涙が浮かぶ。
呼ばれた男は、その言葉にがくりと肩を落とし、
「…ここまできてもそう呼ぶか」
この野郎、と懐かしい声が木霊する。ああ大丈夫だなんて。オレ達は大丈夫だと、何だか男のその言葉に妙に安心してしまった。
男は一歩近づく。
「く、来るな!」
「せっかく人が国外追放だけで済ましてやったってのに。てめぇって奴はどこまで性根が腐ってやがるんだ」
「あっあの刺客達を全て倒したのか?馬鹿な、」
「あんなもん腹の足しにもならねぇぜ、くだらねぇ」
ぐい、と返り血であろう頬に付いたそれを拭い取った。そして一歩、又一歩と近付いてくる。抜き身の剣のような男に、とうとう飛王は力無くその場に座り込んでしまった。
勝負は着いたと思った。この男が現れた時点で飛王の負けは決まっていたようなものだ。
チキ、と愛刀に手をかけ、身構えて男は言う。
「そいつを寄越せ」
途端、部屋中に響くような声で飛王は笑い出した。項垂れ俯いていた顔をぐっと上げぎろりと男を睨む。その目にはまだ敗北の色は浮かんでおらず、そんな飛王を見、ファイと男の眉が寄る。
何を企んでいるのかと、二人が思った時だった。
「今だっ!」
そう飛王が叫び、男の背後に刺客が二人襲いかかった。左右から剣を振り下ろし、その切っ先を男へ向ける。
それに一つ舌打ちをし、男は剣を引き抜き受け止めた。瞬間、二本同時に受け止めた剣を持つ手に力を込め、反動を利用して押し返す。ギィンッ、と鈍い音が響いた。
弾き飛ばされた一人が空中でその身を翻し、器用に壁へと足を着く。そして壁を蹴り再び襲いかかって来た刺客に、男は身構える。
その時、男には見えない位置から、しかし自分にはしっかりと見えたものに、咄嗟にファイは叫んでいた。
「危ない!」
「!?」
ヒュンッ。
急に何かが飛んできたかと思えば、次に頬に暖かいものが伝わった。小型ナイフのような物を投げられたのだと遅れて気付く。見ると刺客の手には投げ針が握られていて。剣に気を寄せ付け、その影に隠れるかのように針を投げたのだ。
こいつら中々やるなと、頬に伝う血を拭いもせず男が思った、その時。
「そこまでだ!」
大声が響き反射的に振り返る。視線の先の光景を認め、男はしまったと思った。
取り出したそれをファイのこめかみへと向け、飛王は言う。
「動くな!その刀を降ろせ。さもないと…愛する妻の命は無いぞ」
「飛王てめぇ…」
飛王とファイの間には一丁の拳銃があった。引き金は勿論飛王側で。銃口を向けられたファイは、その隙を与えてしまった己を悔やみギリ…、と奥歯を噛みしめた。
こんな事でこの人の足を引っ張りたくない。そう、例え今はこの男の妻だとしても、守られるべき立場にいるのだとしても、それでも自分は男で。出来る事なら共に、互いに背を預けて戦いたい。そんな資格は自分には無いのかもしれないけど。でも。
ファイは一度目を閉じる。ゆうるりと瞼を上げ、そしてにこやかに微笑んだ。
「オレの事はいいからー。そんな奴ら早くやっつけちゃってよ」
あなたはこの国の宰相でしょう?と。
守るべき存在がちゃんとある人が、こんな所で死んではいけない。自分なんてどうでもいいから、はやく。
そう言うファイに、男は一度目を開く。そして。
「…ふざけろ」
「え?」
「阿呆」
カランッ、と持っていた愛刀を離す。支えを失ったそれは、重力に従い床へと落ちた。
くるくると回りやがてゆっくりとその動作を終えた刀を、ファイは信じられないという風に見つめる。
「なん、で…」
「お前は何も分かっちゃいねぇ」
喉が張り付いて上手く声が出ない。どうして―――その言葉だけが頭の中を駆け巡る。いけない、ダメだ、このままでは。
動揺しているファイの横で、飛王はさも面白いとばかりに嘲笑った。
「さすがのお前も愛する者のためには命をも捨てるか!!」
くだらない、実にくだらないと。
そう大声で笑い、飛王は刺客達に命令する。
「やれ」
「やめて!!」
そう叫ぶファイの目の前で、刀を失い何の抵抗力も持たない男に、刺客達の刃が突き刺さった。
「―――――――ッッ!!!!!」
その余りにも信じられない光景に、ファイは最早悲鳴すら上げられなかった。ぽたり、ぽたりと大きな赤い雫が幾つも床へと落ちていき、その赤い絨毯をどす黒く染め上げる。
二本、刺客達によってその強靱な肩に剣を突き立てられた男は、それでもなんとか両足に力を込め立っていた。いつも眉間に寄せている皺を更に深め、血と同じ色の両眼は強烈な痛みに耐えながら。
一人が差したままのそれを無惨にも抜き取る。瞬間、そこからまるで噴水のように赤い血が飛び散った。
「ぐ、―――っっ!」
耐えきれずその口から悲鳴が漏れる。
それを聞き、飛王の瞳は嗜虐的に歪められた。
「どうした、もう降参か?今ここで跪いて許しを請えば、お前も一応血を分けた弟だ。悪いようにはしない」
クックックと、心底意地の悪い笑みを浮かべ、飛王は全くの偽りを述べる。その声に男は遠のいていく意識を引き戻した。
そしてそれでも勝ち気な目をして言う。
「くそったれ。誰、がお前なんかに…」
その、どんな暗闇でも光るその紅に、飛王は一瞬怯む。
しかし次の瞬間そうかと呟き、
「では、望み通り死んでい」
その後は言葉にはならなかった。何が起きたのか、その場にいるファイ以外の者には一瞬理解出来なかったのだ。
その中で誰よりもその状況に気付いた男は、己に刺さっているもう一本の剣を抜き取り、振り返って刺客の心臓を貫く。そして片方の足でその死体を蹴りながら同時にスラリと剣を抜き、呆然としているもう一人の首をかっ切った。それは一瞬の出来事だった。
男は玉座へ向く。そこには横から急な衝撃を受け台座から転げ落ちた飛王と、それを仕掛けた張本人がいた。その際握られていた拳銃は、遙か彼方へと転がっていく。
金の髪を振り乱し、しかしそれでも美しい姫は、自由になった己の本能のままに駆け出した。
「ッ、黒たん!」
そう叫んで己の胸に飛び込んで来たファイを、痛む肩をもろともせずに男は思い切り抱き締めた。その瞬間、大粒の涙を貯めたその蒼を見、男の顔が苦笑に歪む。
一つ、二つと傷口から血が滴り落ちた。
「黒たん、血が!」
「うるせぇ平気だ」
「ッ、ウソ言わな、」
「それより一発やらせろ」
「え?んッ」
がぶりと、食われるかと思う程乱暴に口付けられる。
一瞬で離れたそれを、ファイは驚いて見つめた。
「何呆けてんだ、ばーか」
「なッ、」
ば、ばかはそっちでしょー!と顔を真っ赤に染めてファイは抗議する。
男はそんなファイを認め、少し抱き締める腕の力を抜くと、唖然としている飛王へと顔を向け、
「どうした、もう降参か?今ここで跪いて許しを乞えば、一応てめぇは血を分けた兄だ。まぁ…悪いようにはしねぇな」
と、先程の飛王の台詞をそっくりそのまま返す。それはもう嫌味たっぷりと。性格悪…、と腕の中でファイは呟いた。
そう言われた飛王は、
「―――ふ、」
「あ?」
「ふは、はは、は」
追いつめられた獲物は我を失い、下品な笑いをその口から涎を垂らし発している。飛王のその余りにも情けない姿に、ファイも男もまるで汚いものでも見るかのように眉を顰めた。
そしてなり損ないの孤独な王は、ふらりと力の入らない足で立ち上がり部屋の隅へと移動する。飛王の行動が分からず、それをただ目で追っていた二人は、しかし次の瞬間、その顔に驚愕の色を走らせ、
「なっ、」
「…さらばだ、弟よ」
ガコンッ。
そう言うと同時に、飛王はレンガ造りの壁の一角を手で押し込める。
すると次にゴゴゴゴゴ…、という地響きが起こり、そして。
その爆音は、町中に響き渡った。
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