「綺麗な花だね」
と、その人は言った。
手を伸ばし、そっと触れる。暗闇に浮かぶその人の手は、あの日見た雪のように白かった。
その花の名は”さくら”と言うのだと伝えると、
「そう……君と同じ名前だね」
一つ、愛おしそうに撫でる。
何故自分の名を知っているのかと驚いたが、何てことはない、自分だって同じだ。夢で未来を渡る者のみが知り得る、それ。
その人の名を呼ぶ。自国には珍しい、綺麗な響き。それは、初めてあの人と会った時にも感じたものだった。
名を呼ばれたその人はふわりと笑う。その笑顔さえも、とてもよく似ていた。
「ずっと、一人なのかい?」
「…………」
「皆と別れて」
「…………」
「寂しくは、ないかい?」
「――いいえ。あの人は、もっとずっと独りだったから」
あなたも――、と、言いかけて止めた。
自分が自分で無くなっていく怖さ。自分が自分じゃないと気付く怖さ。
違うようで似ているその感情は、どれだけ互いを蝕んでいっただろう。今だに癒えないそれは、じくじくとその傷口から血を流し続けている。
でも、それももうすぐ終わる。きっと分かっている。だからこそ、この人はここへ来たのだ。
夢を渡る者同士の、最初で最後の内緒の逢瀬を。
「あの子は独りじゃなかったよ。――君が、側にいてくれた」
その人は言う。大好きな人と、同じ笑顔で。
途端、ざわりと風が吹いた。その人が触れていた一枚が、その風に乗り、宙に舞う。
ひらり、ひらりと。
「……一緒に、ケーキを作りました」
”さくら”と呼ばれたその花が、二人の間を落ちていく。
同時に、目の前の体もだんだんと闇に紛れていった。
「皆の服を、洗濯して干しました……」
ああ、夢が、
「お花にお水をあげたり、部屋のお掃除もしました」
ひらり。
ふわり。
ひらり。
ひらり。
「――――――全部全部、あの人が教えてくれました」
落ちる。
落ちる。
落ちる。
落ちる。
花が、夢が、落ちていく。
落ちて、いく――――――
「ありがとう」
知らぬ間に溢れた涙を、その人は消えかけた指で拭ってくれた。
夢の中でも分かる。暖かく、そして覚えのある温もり。あの人もそうやって慰めてくれた。
どこまでも似ている二人は、この後現世で会うのだろう。同じく、終わりを決意して。
ああ、花が、
「あの子を、愛してくれてありがとう」