※書き下ろし番外編です。




活気溢れる城下町。
年に一回催される大陸中の珍品、名品が集まるというこの市場は、この国―――日本国の名物の一つだ。その盛り上がり振りは市場というより、むしろ祭りと言っていい。
そんな中、色とりどりの屋根が両脇に立ち並ぶ石畳の道を、一組の男女が歩いていた。
その一人は、黒髪に黒い衣装の精悍な顔を持つ男だった。平均よりも頭身が飛び抜けて高く、その肩幅も大きい。鍛え抜かれた身体からは一寸の隙も感じられず、近づくのでさえ恐れ多い雰囲気を醸し出していた。
そしてもう一人は、目を疑ってしまうかのような程に美しい夫人だった。淡いブラウンを基調とした上品なベロア生地のドレスを身に纏い、キラキラと輝く金色の髪は幾重にも綺麗に巻かれ、白いブラウスで隠された首元辺りで揺れている。そして少し肌寒くなってきた気候に合わせて、萌葱色のショールを肩から掛けていた。そして同じく薄茶色の帽子には、一つの薔薇が咲いている。全身が秋色の中、その薔薇の蒼さはとてもよく映えていた。

「……」
「……」

そんな、傍から見ればただの金持ち貴族のお忍びデートにしか見えない二人は、しかし楽しげな祭りの雰囲気とは正反対に浮かない顔をしていた。
男の方はその眉間に大量の皺を寄せ口を一文字に結び、夫人は、常の彼女を知る者からすれば別人とも思えるような、男と同じく眉を寄せ、そのさくら色をした唇を小さく尖らせている。
浮かない、というよりも両人とも不機嫌といった感じだ。

「……ついてこなくていいって言ったのに」
「誰がお前を一人で行かせるか阿呆」

男の言葉に、夫人は大げさにため息を吐く。
先程から何度も繰り返されているこのやり取りに、いい加減腹が立ってきた。いや、腹は朝から立っているのだが。
ちろりと隣に目をやる。するとまるで番犬のように、逃がさないぞとでも言うような紅い瞳と目が合った。
そして夫人は、今度は心の中で息を吐いたのだった。


† † †


時は少し遡る。
城内のとある館で、この国の宰相夫人のお付きメイドであるチィは、かなり困っていた。

「だから絶対大丈夫だって!オレ一人で平気なのー!」
「その根拠が何処にある」
「オレは男!元盗賊!以上!じゃ!」
「却下だ」
「いーやーあー!」

ともすれば、強姦現場に居合わせてしまっているかのような錯覚に陥ってしまいそうになる自分を、チィは先程からなんとか押し留めていた。
目の前では天蓋付きの豪奢な寝台で、自分の主(兼幼馴染)とその夫がいちゃいちゃらぶらぶ……ではなく、非常に険悪なムードの中口論を続けている。
この国に来て初めてのお祭りだと、数日前からかなり楽しみにしていた様子のファイが、さあ来た当日だやっほうと嬉々としていつものドレスから本来の姿へと戻っていたら、何故かいきなりその夫がやって来たのだ。既に着替え終わり窓枠へと足をかけていたファイは、男の姿を認め固まった。そしてその行動の意味を瞬時に悟った男は物凄い速さで移動し、抵抗するファイを捕らえ寝台へ押し倒したのだ。
そして、その後は言わずもがなである。

「とにかく!今日は何が何でも行きたいのー!」
「だから何でだ」
「〜〜〜っ、それは言わない!」
「言わねぇなら行かせられねぇな」
「いやぁ離してぇー!」

と、何やら無限ループしてしまいそうになる押し問答に、先に終止符を打ったのは男の方だった。

「そんなに行きたいのか。だったら―――

ニヤリ、と心底意地の悪い笑みを浮かべる。
そしてその後告げられた言葉に、ファイは今度こそ観念するしかなかった。








続く