* リーマン×女子高生 ―ほんとうの、― *




「本当の名前は『ファイ』じゃないんだよ」

突然そう言った。
それに男は目を見開く。

「オレの本当の名前は『ファイ』じゃないんだ」

もう一度繰り返す。

「オレにはね、自分と同じ顔、同じ目の色をした『ファイ』っていう双子がいてね。小学2年の時交通事故で死んじゃったんだ。一瞬の事でよく覚えていないけど、多分、オレが道路に飛び出してそれを庇って轢かれたんだと思う。母さんは泣いてたよ。毎日毎日、それこそ干からびちゃうんじゃ?ってくらいにさ。それで―――気付いた時には、オレの事を『ファイ』って呼んでた」

一旦、そこで言葉を切り息を吸う。
男の紅い瞳が射抜くように見つめていたが、気付かない振りをした。

「オレは、しばらくして遠くの親戚の家に預けられたんだ。といっても叔父さんと二人きりだったけどね。すごく優しい人で……黒たんの事言った時も、笑って送り出してくれた」

きゅ、と己の腕で肩を抱き一度目を閉じる。
浮かぶのは母親の姿。未だ自分を誰とも判別出来ない、真っ白なベッドの上でいなくなってしまった我が子を呼び続けている。
ファイ、ファイ、ファイと。

「嘘ついててごめんね。でも、ずっとオレはそれで生きてきたから。そりゃ戸籍の問題もあるし完璧にって訳にはいかないけど、それでも母さんの前ではオレは『ファイ』だか―――、」

急に引き寄せられた。
男の逞しい胸元が視界に入る。その背にも太く力強い腕が回され、完全に閉じ込められた。それは、まるで逃がさないとでも言うように。
聞きたい事は山ほどあるのだろう。けれど男は何も言わなかった。ただ抱き締めるだけで。

「オレの、本当の名前はね…」

聞かれてもいないのに勝手に言葉が出てくる。
告げたとしても呼んでくれないかもしれない。意味のない事なのかもしれない。あの日から何度も何度もそう伝えたけれど、結局一度も呼ばれる事の無かった、その名前。
それは―――

「   」


この世で、たった一つという意味の。


その名を伝えた。思っていたよりもあっさりと口から出たそれに、自分でも驚いた。
男の顔は見えない。今、彼は一体どんな顔をしているのだろう。いつものように眉間に皺を寄せ、自分を睨んでいるのか。それとも同情して泣いているのか。
後者はありえないな、と己の中で突っ込んで笑う。その振動が伝わってしまったのか、ぐい、と顔を無理矢理上げさせられた。
そこにいたのは、予想通りのいつもの顔だった。でも普段よりも皺の数が多い気がするのは欲目かなぁ、なんて事をぼんやりと思っていると、突然口付けられ、そして、

「   」

そう、呼ばれた気がした。












ユゥイ=唯(=唯一)、という解釈でお願いします…。