「…隣国から誘いが来ていると…聞いたが」

ぽつりと呟くように問うと、彼は苦笑して顔をこちらに向けた。

「御存知でしたか」
「…御存知も何も、それなりに噂になっているぞ。待遇が…かなり良いとか」
「そのようですね」
「…そのようですね、って」

まるで他人事のような言い様をするなと言うと、彼は片方しかない目でこちらを睨んだ。

「まさか、私が昔貴方にした誓いを、疑っておいでですか」
「……そういうわけでは……ないが」

何があっても必ず御身に従いお守り申し上げると、刀を捧げて誓ったのは、まだお互い年が二十歳にも満たない時分だった。

「…俺は……お前に心配をかけ、迷惑をかけ…片目までも失わせた」

膝の上に置いた手を、ぐっと握り締めた。
もうその瞳が戻らないと聞いたときの衝撃は、思い出すだにまだ胸が痛む。

「見限られても仕方ないと…思うところは、無いでもないんだがな」

苦笑すると、彼はこちらを睨みつけていた眼光を緩めて、まったく、と溜息を吐いた。

「自覚があるのなら、少しは行動を改めて下さい」

この間も、私が止めようとするのを振り切って、魔物の屯するど真ん中に突っ込んで行ったでしょうと言うと、紅い瞳がふいと逸らされた。

「…わかってる……お前の言いたいことは。だがこれが…」
「貴方の流儀、ということですね」
「……ああ」

開かれていた扇が、ぱたんと閉じた。
と、くすくすと静かな笑い声が聞こえて、紅のそれが再び彼を振り返る。

「…おい?」
「だからですよ」
「…は?」
「だから私は、どんなに待遇が良くても、他国へ移ろうとは思わないんです」
「……どういう…」
「君は臣を選びますが、臣もまた君を選びます」
「…」
「私は貴方の戦い方をとても無謀だと思うけれど、でもその無謀さ、…良い言い方をすれば“強さ”ですね、それを、愛しているんです」
「…な…」
「私は他国へ移る気などさらさらありません。…というか、私が去れば戦場において貴方を止める者がいなくなりますから、貴方はすぐ死ぬでしょうねぇ」
「…おいっ…」
「でもそれでは、今までの恩と、代々仕えてきた我が一族の誇りを溝に捨てることになりますから」

彼はふふふと笑って、目を白黒させている主の頬に、手を伸ばした。

「私は貴方にしか、仕える気はありません。その忠誠を疑うのは、私に対する侮辱です」

紅い瞳が一度大きく見開かれ、そしてすぐに、彼は畳に額を付けんばかりの勢いで頭を下げた。

「…っ、すまない、その」
「疑いが晴れたのなら、良いのです」

ちろりと顔を上げてこちらの様子を窺う主に、彼は笑いながら「頭を上げてください」と言った。
そうやって、上下関係無く自分が悪いと思ったらすぐに相手に頭を下げられる潔さも、とても愛していると思いながら。












「愛している」とさらりと言ってしまう眼帯さんに、私が心打ち抜かれました…。
杜若さんの眼帯さんの台詞が、どれも知性に溢れていて堪らないのです。






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