幻影夢想




腕を伸ばし、カチ、と小さな音を鳴らす。
それは、死へのカウントダウンの始まりだった。

「……ごめんね、キミは危険だから」

肩を蹴る。するとそれはあっけなく転がった。
心臓。
月明かりに照らされ、顕わになったそこへと狙いを定める。こういう時、一つしかない己の瞳に感謝をした。
手に持つのは一丁の銃。人の腕程の長さのそれは特別製で、黒を基調とし金の装飾が施され、そしてそこに浮かぶは―――白い、翼。

「裏切り者」

そう呟かれた言葉は一体誰のものだったのか。
胸の真ん中に向けられた銃口が微かに揺れる。常人には決して分からない程の、震え。

「裏切り者。いつまでも、」

もう一度同じ言葉が繰り返される。口元に刻んでいた笑みは消え失せ、たった一つの蒼は細められた。
その先は言われなくても分かっていた。いつまでも、

「逃げられると思うなよ」

狭っくるしい路地裏で、一発の銃声が響いた。








男が悲鳴を上げる。
撃たれた足から血を流し、両手で押さえながら石畳の道を左右に転がった。
銃口から煙は出ていない。当たり前だ、撃ったのは自分ではないのだから。

「何ちんたらやってんだ。早く殺っちまえ」

視線を上にすると、闇色に浮かぶひっかき傷を背に、一人の男が塀に立っていた。
手にはハンドガン。その銃口からは微かに白い煙が一本昇っている。

「……邪魔しないで、『黒鋼』」
「オメーがいつまでたっても殺らないからだろ。ったく」

トン、と軽い動作で男は降りて来た。
全くといっていい程自然と近づいてきた男に、少々眉を顰め、

「君が余計な手出しをしなければ、もうとっくに殺してたよ」

今宵の月は紅い。
それと同じ色の瞳をなるべく見ないように、小声で嘘を吐いた。

「嘘吐け」

そして、その心を読んだかのように男は言う。それを無視して。
転がる男の両手は赤く染まっていた。止まることなく溢れ出る、血。
ぬるりとしたあの感触は、自分も良く知っている。勿論その味も。しかし自分はこの血には興味は無い。撃たれた男との違いはそこだと、己に言い聞かせる。
うらぎりもの、ともう一度あの言葉が聞こえた。

「…政府の犬なんかになりやがって。所詮お前は俺達と同じ化け物だ。他の連中も探してるぞ、血眼でな。見つかるのも時間の問題」
「うるせぇ」

パァンッ。
先程と同じ音が鳴る。今度は右肩を打たれ、男はまた悲鳴を上げた。
続いて左肩。右脇腹。そして右太股へ。じわりじわりと赤い血が地面を染め始める。
乾いた音と醜い悲鳴を聞きながら、ため息を一つ。

「……やりすぎ」
「だったら早く殺れ。奴の言葉に惑わされるな」

その言葉こそが自分を本当に追いつめるのだと、この男は分かってるのだろうか。
撃った男の銃では、致命傷を与えるだけで殺せはしない。臓の動きを完全に止めるには、自分の手にある銃で撃つしかないのだ。
今だ微かに震える指先で再び狙う。のたうち回る程の力がもう無いのか、男は地面に大の字で寝ていた。それを見つめ、じゃり、と一歩足を踏み出す。
そして男を跨ぎ銃口を胸に押しつける。ごり、と肉を越え骨に当たる音がした。

「『ナンバー1098。34人もの一般市民を襲い、その血を吸った吸血鬼。死をもって罪を償い』……そして、」


次の生では、普遍のシアワセを―――


感情の灯らない、まるで機械のような台詞の後。
うたうように、祈るように言われた言葉に、男は何と返したのか。

狭っくるしい路地裏に、一発の銃声が響いた。












部屋に入った途端、ドアに押しつけキスをした。
その行動に相手は一瞬驚いたようだが、しかしすぐにその腕が背に回される。
上唇に歯を立て、そして舌を挿入する。口内を犯す舌は好きにさせ、男は左手で首筋を撫でてきた。
つ、とその太い人差し指で撫で下ろす。それにぶるりと身を震わせ、

「んっ…」
「……どうした、今日はやけに積極的だな」

獣のような大きい唇の端が皮肉に吊り上がる。以前の自分なら、その言葉に冗談の一つでも返していただろう。
しかし、そんな関係には二度と戻れない事はお互いに承知だ。
己の意志を無視し生かすという選択をしたこの男に、素直になんてなってやる気は毛頭無かった。

「ねぇ、シたいんでしょう…?」

あくまでも付き合ってやっているのだと。
そう耳元で囁き、太股で男の股を刺激した。そこに巻かれたホルスター越しに、立ち上がりかけた牡を感じる。
それに少し息を詰めたのを確認し、笑う。

「……ああ、早くヤりてぇ」

その言葉と共に、ベッドへと今度は押しつけられた。
キングサイズのそれは、二人分の重さを受け止めギシリと鳴る。ああこれから自分は犯されるのだと、そう思うとどうしようもなく興奮を覚え、身体が震えた。
どうせこの男は分かっている。こうやって虚勢を張ったって何一つ意味が無いのだと。いとも簡単に崩れ落ちる崖の淵に、自分は立っているのだという事を。
そしてそれを自覚している、自分も全て。

「ぁっ……んぅ、」
「声、もっと出せよ」
「……絶対イヤ」
「強情」
「…っ、」

首に。胸に。腕に。腹に。
体中に歯を立てられ、その度にぞわりと肌が粟立つ。食われてしまうと、そう思った。
でもそれもいいか、なんて。快感に酔い始めた思考の一部で考える。
殺してやると男は言った。いつか自分が殺してやるからそれまで生きてろと。
その言葉があるからこの仕事を請け負った。世間から隔絶され、暗闇を縫うような生活。それに対しては何の不満も不安も無い。元々裏の人間だ。
それは、目の前の男もそうなのだが。

「足を開け」

男に言われ、自然と体が反応する。
ダメだいけないと頭では分かっているのだけれど、自ら秘部を晒す、その事に泣きたくなる程の羞恥を覚えるのだけれども、それでも逆らえない。
ずぶずぶと快楽に溺れていく意識の中では、最早抵抗の二文字は消え去っていた。

「んぁっ…あ、ぁ、」
「……イイ声」
「ふぅ…あ、はぁっ…あぁ…」

いつの間にか、声を押し殺す事も忘れていた。
太く長い2本の指で体中を掻き回される。ぐるりと男が指を回す度に視界が反転し、意識が浮かび上がった。
半分が暗闇の中、男のその紅い瞳だけがやけにリアルだ。

「…挿れるぞ」

自身を宛いながら男は言う。それに勝手に入り口がひくりと喘いだ。浅ましい。でもそれすらも快感だった。
そしてこれから来る強烈な快楽に耐えるために、シーツを掴む手をもう一度握り直す。

「あーっ、!んぁ、ぁっ…は、はぁ…あ、」
「すっげ……濡れてる。お前の中」
「んぁっ、は…ぅあ、……ああっ!!」

突き上げられ、思わず声が高く上がる。
それに気を良くしたのか、男の動きが激しくなる。弱い所とそうでない所を上手い具合に交互に突かれ、視界が弾け飛んだ。
いつの間にそんなテクニックを覚えたのだろう、何よりもそれに感じている自分に腹が立つ。
よがって縋って。そんな自分を見せろというのか。
足の指先から這い上がってくる波を感知し、目の前の肩に歯を立てた。












その職業は、『狩人』と呼ばれている。
種類は様々だ。何かを収集するのを生業とする者もいれば、自分のようにある特定の種族を狩る者もいる。
死の世界に片足をつけ、それをこの男に無理矢理引き戻された自分に与えられたのは、そんな仕事だった。

『吸血鬼狩り』

夜な夜なこの街に現れ、罪のない一般市民を襲うという鬼。その被害は年々増える一方だ。
非常に危険で命の保証は無い―――そう言われ、一つ返事で了承したのだ。こんな落ちるとこまで落ち、汚れきった自分にはピッタリだと思った。
そして現在に至るまで、自分は何人の仲間を殺しただろう。両の指では足りない程、闇に葬って来たのは確かだ。
そして、そういう時決まって隣にはこの男がいた。この仕事を引き受けた時、サポート役にと自分で買って出たらしい。
全く何を考えているのだろう、罪滅ぼしのつもりなのか。
くだらない、とそんな考えを一笑した。












ぐ、と後ろの髪を引かれる。
縛っていた紐を外され、ぱさりと髪が落ち広がる感覚がした。
男の指がその間を通る。ケアなど何もしていない自分の髪はそれでも絡まる事は無く、さらさらと受け流している。柔らかい、その感触を。

「……やめてよ」
「だったら抵抗すればいい」
「ヤだよ。君が死んだら、困るもの」
「……まあ、確かにそりゃ困るな」
「そうだよ」

クスクスクスと、まるで睦言ようだと自嘲し、のそりと起きあがる。
目の前には先程自分が付けた傷。その逞しい男の右肩に、綺麗に弧を描いた歯列の痕。そこへ指を滑らせ刺激する。
少々長めの爪で歯形に沿ってぐ、と押し込む。するとぷつりと皮膚が破ける感触がし、求めていたモノが現れた。
それを見、楽しそうに言う。

「あ、出てきた出てきた」
「お前な…」
「何ー?別にいいでしょ」

凍えるような蒼い瞳を向け、

「君はただの『餌』なんだから」

それがだんだんと変化していくのを感じながら、どくんと心臓が一つ鳴る。
身体を曲げ唇を寄せる。ぷつぷつと弧を描いて並ぶ赤い球。それらをぞろりと一つ舐める。

「…………甘い」

思った通りに告げてみる。
見やると男の表情はいつもと変わらなくて、それが無性に腹が立ち、その顔を崩してやろうと思った。
顔を近づけ、触れるのではないかという距離で囁く。

「ね、舐めてみる?」
「あ?」
「ココ」

そう言って舌を出す。
まぁるく開けられた口から覗く、赤。その上には先程舐めた血が少しだけ残っていた。
男は一瞬目を見開く。それに皮肉に笑い、つんつんと舌先で男の唇をつついた。
ちろりと目をやると、薄暗い部屋の中で光る2つの紅にぶつかった。そこにあるのは、驚きと呆れと―――劣情に色づく雄の目。 この後訪れる享楽への期待か、知らずのうちに喉が鳴った。
そして思い切り組み敷かれる。








男の乱暴な口付けを受けながら、右肩に爪を食い込ませ、そこから覗く薄紅色の肉を裂きながら、このキスが終わったら、すぐさま甘美な蜜を流すそこへ噛み付いてやろうと思った。
生かしたのは、彼。
自分のせいだと、どこまでもとことん思い詰めればいい。そして、一生消えない傷になればいいと思う。



そうすればほら、あなたのなかでわたしはずっといきつづけられるでしょう?



もしそれが叶うなら、自分はもういつ死んでもいいと。






荒れ狂う快楽の中で、そう思った。
















―――

画集の14巻表紙のもこな先生のコメントを見て思いついたお話です。
吸血鬼は仲間意識が強く、故に裏切り者のファイを狙ってたらいいなぁなんて。
トップにはあの双子がいたりするんですよ。






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