ふすまを開けると畳の匂いが広がる。
それを胸一杯に吸い込むと、黒鋼以外の者達は嬉しそうにその中へ入っていった。




* オンセンにドッキドキ! *




モコナの次元移動でこの国に来たのは、昨日の事だ。
ここでは「オンセン」というものが沸いていて、それで国中の財政を賄っているらしい。
旅人さんなら是非一度入ってみるといいと勧められ、一行はその言葉に従いここへ着たのだ。
長旅の疲れを取りに、しばしの休息を求めて。

「ね!ね!早く温泉行こうよ!!」

そう言ってぴょんぴょんと跳ねるのは、この一行のマスコットもしくはアイドル(byファイ)のモコナである。
リョカン、という宿泊施設に来たばかりだというのに気が早いものだ。
黒鋼もそう思ったのか、モコナを見、

「うるせぇなぁ。てめぇ一人で行って来い。んで溺れて来い」
「あ!ヒドイその言い方!!」
「白まんじゅうにはこれくらいが丁度いいんだよ」
「前から思ってたけどね。黒鋼、ちょっとモコナに対してキツクない!?」
「ぁあ?」

とかなんとか以下エンドレス。
いつも通りの口喧嘩を始めた一人と一匹を華麗にスルーして、ファイは準備を始める。

「はいこれー。ユカタっていうの?オンセンにはこれ着るんだってー」

と、小狼とサクラに部屋に置いてあったそれを渡す。
渡された二人は、物珍しそうに浴衣を見つめた。

「なんか桜都国でも、こういうの着てる人いっぱいいたね」
「そうですね。うわ、上下で一枚なんだ…」

へー、と興味深々で浴衣を見つめる小狼に、サクラはちょっと目を細め嬉しそうに笑った。
そんな二人にファイは、

「着方…は、オレと小狼君は後で黒みーに教えてもらうとして……。サクラちゃん、分かるー?」
「え、えぇっとぉ…」
「だよねー。どうしようかなぁ。黒たんが女湯に行くわけにもいかないしねー」

当たり前である。
三人寄ればなんとやらと、あーでもないこーでもないと浴衣の着方を色々と試す三人に、永遠に続くかと思われた黒鋼との死闘を途中で抜け、白い生物が飛んできた。
あっ待てこのやろう!という怒声を背後に聞きながら、

「だいじょーぶ任せて!サクラの浴衣はモコナが着付けるからー!!」

ぴょぴょぴょぴょーん、と天井にぶつかるのでは!?というくらいに高く飛び上がる。
そして畳の上へ着地しようとしたその瞬間、がしっ、と威勢の良い音がした。もちろんその音の主は黒鋼だ。
自慢のつるつる卵肌を乱暴に掴まれ、モコナはきゃーと悲鳴を上げた。

「なんでてめぇが姫の浴衣着付けんだよ、ああ?」
「え、何でダメなの!?あっ、分かった黒鋼。女湯に行きたいんでしょー」

やだーえっちーはれんちーすけべーと、あの魔女のような半目で嫌味ったらしい視線を投げるモコナに、瞬間、ぷち、という音が聞こえた。
そうして黒鋼は口を開く。

「てめぇも男湯だろうが!何が着付けだ阿呆っっ!!!!」

その怒声は部屋中、もしくはふすまを抜けて廊下中に響いたかもしれなかった。
そうしてその後約30秒間。
シン、と静まり返り誰一人として音を発する事は無く、30秒経ってやっと何かがおかしいと気付いた黒鋼は、周りに視線を走らせる。
すると、驚きに目を見張っているサクラとファイにぶち当たり、顔を見合わせ、こそこそと二人は話し始めた。

「…ね、前から思ってけどー黒ぷいってやっぱり……?」
「……ですよ、ね。私も何かおかしいとは感じていたんですけど…」
「な、何だよ」
「いやぁあのさー黒りん。あのねぇ…」

何故だろう、黒鋼はその後に続く言葉を聞いてはいけないような気持ちになった。
そして言い出しにくそうなファイを遮って、砂漠の国の姫が遠慮がちに優しく告げた。

「あの…。モコちゃんは、女の子、ですよ…?」

その瞬間の黒鋼の表情を何と表現したら良いのだろうか。
かなり笑えない事実が発覚し、ファイは頭を押さえたのだった。


* * *


その後。

「…まさかホントに黒鋼さんがモコちゃんの性別を知らなかったなんて」
「まったくヒドイよねぇ。モコナこーんなにかわゆいのにぃ」
「まあ、確かに黒たんの態度も女の子に対するものじゃなかったしねー」
「黒鋼さん…大丈夫でしょうか?」
「平気平気ーほっとけば。今ちょっと己の過去の言動を見返してる最中でしょー?あはは〜全くもってドジだよねぇ黒ぴぃもー」

これだけ一緒にいれば気付かないハズないのにねぇと、あははははーと和やかに会話をするファイとサクラとモコナのその脇で、

(…し、知らなかった。モコナって女の子だったのか……)

と、これまた黒鋼同様自己嫌悪に陥っている少年が一人。


癒しと休息を目的とするはずの温泉で、休息どころか更に疲労が溜まってしまった黒鋼と小狼であった。



わんこ達の夜は長い。






<08.0701>