空へと思い切り両手を伸ばす。
バサリ、と心地よい音を立ててそれは舞い上がった。
「よーし、おーわりー!」
「はい!」
緑いっぱいの芝生に、キラキラと輝く太陽のように楽し気な声が響く。
* インターバル・レシピ *
青い絵の具をそのままたらしたような空に、色とりどりの洗濯物がはためいている。
じとじとと湿った雨が降り始めたのが3日前。それは2日間降り続き、かろうじて昨日の午前には止んだもののやはり空は真っ黒だった。
旅をしていて極力荷物になる衣類などは減らすように努力してはいるが、それでも男3人に女一人(と一匹?)の洗濯物は、3日分となるとそれなりの量になる。
このパーティの主に家事担当でもあるファイとサクラは、日に日に溜まっていく洗濯物に少々ウンザリしていたのだが、3日ぶりに晴れた今日、これ幸いにと張り切って洗濯に取り組んだのだった。
「うーん、しかしこれだけ量があると見ていて清々しいねー」
「はい、気持ちいいです!」
「こう、心が洗われるカンジだよねー」
と、しらじらしくファイは言う。それに対してサクラは満面の笑顔で、そうですね!、と答えた。
二人は今、宛がわれた木造の可愛い家の庭にいる。その側にはぽかぽかと暖かな光を浴びて、洗われたばかりの洗濯物たちが気持ちよさそうに風に泳いでいた。
少し離れたところには、黒鋼とモコナが木の根本で、これまた気持ちよさそうに昼寝をしている。
「わたし、カゴ置いてきますね」
「うん、ありがとー」
良く気の効く可愛らしい少女にファイはにこりと笑いかけ、じゃあオレはおやつの準備でもしておくよー、と言った。
その時、バタンと勢いよくドアが開く音がし、二人は自然とそちらの方へ向く。
ドアには少年が立っていて、二人が何かと思う前に慌てた様子で近づいて来た。
「あのっ洗濯終わっちゃいました?」
「え?うん、たった今終わったけどー」
「何か出し忘れたものとかあったの?」
「あ、いえ俺のではなく…これが」
と、少年が差し出したのは一枚のブラウス。
薄桃色を基調とし、首から胸元にかけて3段のフリルで飾られている。パフスリーブで両脇にはサテンのリボンが控えめに施されていて、大変可愛らしい趣味の良い作りになっている。
持ち主は言うまでもなくサクラであり、彼女のお気に入りの洋服の一つだ。
「ありゃ、サクラちゃんのブラウスじゃないー」
「どうして小狼くんがこれを?」
「え、いや、あの…。洗濯場に落ちていて…」
どうぞ、と小狼と呼ばれた少年は目を反らしながらブラウスをサクラに渡す。
よく見るとその目元は微かに赤くなっており、それに気付いてファイはくすりと笑った。
年頃の男の子にとって好きな女の子の持ち物は、例え衣服だとしても持つことに多少なりとも照れが入るのだろう。この生真面目な少年なら尚更だ。
小狼に礼を言い、サクラはファイに向かって、
「どうしましょう、ファイさん」
「うーんそうだなぁ…もう洗濯は終わっちゃったしー。また明日でもいい?」
「はい、大丈夫です」
「でもこういったブラウスって手洗いが一番いいんだよねー」
「え、そうなんですか?」
「うん布あんまり痛めないしねー。それに何より、サクラちゃんのお気に入りの服だしー」
「あ、はい!そうです、ファイさんが素敵なの選んでくれて…」
ありがとうございます、とサクラはにっこりと笑う。
異世界に行く度にその国、土地柄に合わせた服をほぼ全員分見繕うのはファイである。これは誰かが強制したわけではなく、むしろファイはこの役目を進んでやっている。曰く、本人に合った服を選ぶのが楽しいのだそうだ。可愛い女の子なんかは特にね、とも付け加えていた。
黒鋼は面倒くさいと言って行かないが、小狼とサクラは何度かその買い物に付き合わされたことがある。
サクラは、手渡された自分のブラウスを見つめて言う。
「桃色ですごく可愛くて、好きです」
「サクラちゃんにすごく似合ってるよねー。ね、小狼くん?」
「えっ!?」
と、いきなり話を振られて小狼は焦る。
もちろんファイはわざと振ったのだが、当の本人は気付く様子もない。顔を真っ赤にし、あーとかうーとかしばし巡回した後、彼はたった一言そうですね、と言った。
その一言だけでも嬉しかったのだろう、サクラもほんのりと頬を染める。
全く初々しいねー、とそんな二人を見ながらファイは心の中で呟くと、
「さて。洗濯も終わったし、おやつにしよっかー」
「は、はい!」
「と、その前に…。あそこで寝てる人達を起こさないとねー」
そう言って、ファイは気持ち良さそうに木陰で寝ている黒鋼とモコナへ声を掛けようと口を開く。
その時だった。
今まで穏やかに流れていた風が、瞬間、強くなったのは。
きゃ、というサクラの小さな悲鳴と共に風は薄桃色のそれを彼女の手から奪い取り空へと投げ出しその軌道のまま木陰で眠っている黒い人物目掛けてまるで吸い込まれていくように運んで行く。小狼もサクラもファイも誰も止める事が出来ないほんの一瞬の間に彼は脇に差してある愛刀の鞘に左手をその柄に右手を掛け引き抜くと、
「あ」
「あ」
「あー」
見事に、本当に見事に、薄桃色のそれを、
「あぁ?なんだこりゃ?」
「あーー!!!黒鋼がサクラの服まっぷたつにしたーーー!!!!」
「うぉっ!?」
まさに言葉通りに、見事にまっぷたつに切ったのだった。
* * *
その後、忍者の本能でやってしまったとはいえバツの悪い黒鋼が、小柄で碧色の瞳を持つ可愛らしい少女と共に街のお洒落な女性服を扱っている店内で目撃されたのは2日後のことである。
そして一連の話を白い生物から聞いた酒好きの魔女が大爆笑するのも、同じ頃であったという。
<08.0701>